海外駐在が決まり、出発するようになるとやらなければいけない行政手続きがあります。
よく「住民票を抜く」という表現をするケースがありますが、実際には住民票を抜くのではなく「海外転出届を提出する」ことになります。
この手続きをすると住民票が除籍の扱いとなるため、住民票を抜くという表現をすることになります。
では、どんなときに海外転出届を提出しなければいけないのでしょうか。
また、海外転出届を提出するメリットやデメリットについて解説していきます。
もくじ
海外駐在のときの住民票の扱い
海外駐在をするときには、住民票を含めて国民健康保険や国民年金などいろいろな手続きが発生します。
短い期間の中で準備を進めていかなければいけないので、落とすことがないように計画的に準備をしていきましょう。
法的な決まりについて
まず、海外赴任をする際の住民票を含めた行政手続きのルールについて説明をします。
海外に転居する際に提出する「海外転居届」を出す条件ですが『海外での滞在期間がおおむね1年以上になる場合に届出が必要』となっています。
つまり海外旅行や数か月程度の長期出張、また海外赴任であっても1年以内に帰国することが分かっているのであれば海外転居届を出す必要はありません。
1年以上海外に赴任をする計画である場合には海外転居届を提出する必要があります。
人によっては「駐在期間が不明」というケースもあると思います。この場合は、海外転居届を出しても出さなくてもどちらでもよくなります。
海外に赴任中に期間が分かり、長くなりそうな場合には代理で海外転居届を出すこともできます。
逆に1年以上滞在する予定で海外転居届を提出したのに、1年未満で帰国をしてしまったというケースもあります。
この際でも罰金や再度住民登録するにあたって不利になるようなことはないので安心しましょう。
短期勤務の場合は抜く必要なし
法的な決まりのところでも解説しましたが「短期の海外駐在」の場合には、海外転居届を出す必要はありません。
なぜなら、転居届を出す恩恵をほとんど受けることができないからです。
例えば、海外転居届を出してよいことの1つに「住民税の支払いがなくなる」というメリットがあります。
しかし、住民税を支払わなければいけないかどうかは、転居届を出してから、転入届を入れるまでの期間で決まるのではなく、「1月1日に在住しているかどうか」で決まります。
1月1日に住民としての登録があれば、その年の6月から住民税の支払い義務が発生します。
一方、1月1日の段階で在住していなければ、住民税の支払いがその年の6月から免除となります。
このように行政上のルールと駐在期間が合わない場合には海外転居届を出す恩恵を受けることができず、一方で手続きの手間やいろいろな書類を再発行するための手続きに時間がかかるため、海外転居届は出さないほうがよくなります。
1年以上の勤務の場合は抜いて海外転居届を出す
1年以上海外で生活をする予定の場合には「海外転居届」を出さなければいけません。
海外転居届を出すルールは次のようになっています。
- 転居届を出すことができるのは「渡航の14日前から当日」までの間
- 本人・世帯主・同一世帯の人が役所に出向いて提出
海外転居をする際に必要なものは次のものです。
- 身分証明ができるもの(運転免許証、パスポート、個人番号カード、住民基本台帳カード、在留カード、健康保険証など)
- マイナンバーカードまたは住民基本台帳カード
マイナンバーカードと住民基本台帳カードは、海外への転出によって失効するため、役所へ返納しなければいけません。
これらの作業をすることによって海外へ赴任後、在留届を総領事館や日本大使館に出すことができるようになります。
また、国政選挙が行われた際に海外からでも投票することができるようになる「在外選挙人票」を得ることができます。
短期の赴任で海外転居届を出さない場合には、国政選挙があっても在外選挙で参加することはできません。
海外転居届を出すときの注意点
海外転居届は、出発する14日前から提出することができますが、1つ注意しておかなければいけないのが、転居届を出してしまうと行政サービスを受けることができなくなります。
例えば
- 住民票や印鑑証明の発行が不可能になる
- 自治体で行われている子どもの医療費無料や減額のサービスを受けられなくなる。
- 国民健康保険が使えなくなる
このようなデメリットがあります。
特に出発ぎりぎりまで治療をしなければいけない疾患がある場合は、海外転居届を早く出してしまうとその際に、受給者証を返納しなければいけなくなるので注意しましょう。
また、赴任後に住民票や印鑑証明が必要になるケースもあります。
後になって発行することはできないので、赴任する前に予備として発行しておき、手元で保管しておくのも賢いやり方です。
ほかにも筆者が聞いた話として「クレジットカードの発行や銀行口座の開設ができなくなる」という事例もありました。
クレジットカードの発行をする、銀行口座を開設する際には住所が必要になります。
運転免許などで身分を証明したとしても、クレジットカードの審査段階になって居住している証明が見つからず発行や口座開設できないこともあるので注意が必要です。
住民票を抜いた場合のメリット
では、「住民票を抜く」つまり、海外転居届を出すメリットについて3つ紹介します。
住民税について
海外転居届を出す1つ目のメリットが「住民税の支払い免除」です。
日本に住んでいる間は居住地のある都道府県と市町村に住民税を収めています。
金額は前年度の所得によって決まり、さらに自治体ごとに徴収金額に差があるため一律ではありませんが、1月に換算するとそれなりの金額が差し引かれていることになります。
海外転居届を提出すると住民ではなくなるので、住民税の支払いをしなくてよくなります。
ただし、転居届を提出したらすぐに免除されるものではなく「1月1日に居住しているかどうかによってその年の6月から免除される」ことになります。
したがって、よくあるトラブルとして給与から自動引き落としになっていた場合、出発してしばらくしてから住民税の支払い催促が来ることになります。
海外転居届を提出する際に、引き落とし口座がなくなってしまうような場合は、役所で事前に相談をしておきましょう。
国民健康保険について
2つ目に、「国民健康保険の支払い免除」も受けられます。
会社員や公務員以外のパートタイム給与者や退職者などが加入する保険ですが、海外転居届を提出すると国民健康保険の支払いが免除されるようになります。
この制度にはデメリットもあり、国民健康保険を支払っていないので医療費が全額負担になります。
それでは海外で治療を受けた際にも全額自己負担となってしまうことから「任意保険への加入」を促進されるはずです。
国内で販売されている海外旅行保険の他にも駐在員のみ加入することができる団体保険、クレジットカードに付帯されている保険もあります。
駐在する本人は会社の健康保険に加入しているので問題が発生する可能性は低いですが、駐在妻をはじめとした帯同家族は全く保険がない状態になってしまうので注意しましょう。
年金について
3つ目のメリットが、「国民年金の支払い義務の免除」です。
国民年金は日本国内に住所をもつ20歳から60歳の人に納付が義務付けられているものですが、海外転居届を提出することによって海外に渡航している期間は国民年金の支払いをしなくてよい選択ができます。
ただし、年金の支払いをしていないと年金の支払い期間が短くなってしまうため、将来的に受け取ることができる金額も減額されるリスクはあります。
受け取る年金が下がるのは困るという人には、海外駐在中に支払いを続ける方法もあります。
年金手帳と口座引き落としをすることができる口座番号、さらに海外転出届をもって役所に行くと年金の支払いを継続することも可能です。将来的なメリットとデメリットを考えて選択するようにしましょう。
住民票を抜かない場合のメリット
住民票に関しては1年間未満の赴任が予定されている場合「抜かない=海外転居届」を出さない選択肢を取ることもできます。
そこで転居届を提出しない場合のメリットについて紹介します。
住民としてのサービスを受けることができる
海外転居届を出さないメリットで一番大きいのが「住民サービス」をそのまま受け続けることができる点です。
住民サービスというと、住民票の発行や印鑑証明の作成などと思われるかもしれませんが、これらだけではありません。
子どもがいる場合には、住民票がないと児童手当を受け取ることができなくなります。
また、医療費の無料補助を受けている場合にもこの補助が適用されなくなります。
転居届を出していなければ、補助の類を受けることができるので住民税を支払っていたとしても、同程度の還元を受けることができメリットが生まれます。
この住民サービスに関しては、海外転居届を出している人も裏技のような使い方があります。それが、一時帰国の際に「住民票を入れてしまう」ということです。
本来は一時帰国のような短期の日本滞在のときには住民票を入れる必要はありません。
しかし、一時帰国の際に日本の医療機関にかかって健康診断を受けるということは良くある話です。
そこで一時帰国の際に、住民票を入れてしまいます。
こうすることによって「子どもの医療費無料」や「予防接種」などの行政サービスを受けることができます。
一時帰国が終わるときに再度海外転居届を提出すれば、再度海外転居することができ、住民税を支払う必要もなくなる裏技があり、こっそりと利用している駐在家族もいます。
住宅ローン控除など住宅ローンに関する手続きが楽
住宅ローンをもったまま海外赴任をすると少し面倒なことになります。
まず、前提として海外転居届を出して赴任する場合には、必ずローン元の金融機関に相談した方が良いです。
なぜなら海外転居届を出してしまうと住所がなくなります。つまり家はあってもそこに住んでいる人の住民票がないため、お金を貸していた金融機関としては、債権者がどこに行ってしまったのか探すことになります。
場合によってはローンの契約を打ち切られてしまったり、債権者の名義を変更するように求められたりするケースもあるので、海外転居届を提出して出発する際には、事前に金融機関に確認をしましょう。
一方で住民票を抜かなければ、このような手続きをする必要がありません。住民票を抜かないメリットの1つになります。
また、住民票があるので、住宅ローン控除も受けることが可能になります。住宅ローン控除は、ローンを組んでから最長13年まで最大0.7%の控除を受けることができます。住民票が残っていればローン控除を受けることも可能です。
マイナンバーの管理をしなくて済む
近年、住民票を抜いてしまうことによって一番大きな影響を受けることになるのが「マイナンバー」になってきました。
住民票を抜かないことによって、マイナンバーカードをそのまま維持することができます。
マイナンバーカードを保有していると
- ポイントの利用をすることができる
- 金融機関の口座を開設することができる
- 株式投資やFXなどの投資口座の開設や維持に使うことができる
今後保険証や運転免許証といった個人情報の紐付けも考えられており、マイナンバーがいろいろなものと連動してくることになります。
住民票を抜いてしまうと、マイナンバーがなくなってしまうため、さまざまなことができなくなる可能性が高いです。
また、今後のマイナンバーの取り扱いによってはさらにデメリットが生まれてくることも考えられます。
1年未満の駐在であれば、マイナンバーの手続きをすることも手間となってくるので、住民票を抜かない選択肢もよく検討するようにしましょう。
証券や株式をもっている人は取引口座の手続きをしなくてよい
株取引などをするための口座をもっている人に大切な話になりますが、住民票を抜いて海外に移住をすると日本の証券口座の運用ができなくなったり、大幅に制約を受けたりするようになります。
いわゆる「特定口座」と呼ばれる口座ですが、これは日本在住者向けの口座になります。
住民票を抜いて海外移住するのであれば、この口座を閉鎖して一般の口座に資金を移さなければいけなくなります。
住民票を抜かないのであれば、このような手続きをする必要はありません。
日本の居住実態があるとみなされますので、特定口座をそのまま維持することができます。証券や株式の特定口座を保有している人は、住民票を抜かない恩恵を受けることができます。
駐在期間での使い分けが重要
住民票を抜くのか抜かないのかというのはとても難しい問題があります。
原則1年以上海外赴任をするのであれば海外転居届を出して住民票を抜くのですが、これも絶対ではありません。
実際に住民票を残したままアメリカに数年住んでいる人もいます。
我が家の場合は、数年以上日本を離れるのが前提で赴任しており、しかも国民健康保険や印鑑証明などは海外で使うことがほとんどないので、住民税を支払う必要がない「海外転居届」を提出して出発してきました。
ポイントになるのは赴任期間で1年に満たないような期間であれば、住民票を抜いたことで発生する様々な手続きの煩わしさがあるので住民票を抜かない選択をするのもありです。
1年程度になる場合には、手続きの煩わしさと住民税を払う金額を天秤にかけたうえでどちらがよいのか選択することになります。